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2020年9月21日月曜日

IPS意図的な相互支援とは、シェリーミードにインタビュー L'entretien avec Shery Mead

 

~~ 地域市民精神医療 ~~

- あこがれのかの国のベールがはがされていく学びの日々 -

IPS意図的な相互支援とは、シェリーミードにインタビュー L'entretien avec Shery Mead

IPS意図的なピアサポート2

創始者シェリーミードにインタビュー

http://fr.psy.co/shery-mead-sur-le-soutien-par-les-pairs-intentionnel.html

出典:エリック・マイゼル

次のインタビューは、メンタルヘルスの将来についての一連のインタビューの一部です。


シェリー・ミードインタビュー

EM: IPS意図的なピアサポート、その哲学と意図について教えてください。

SM: IPS意図的なピアサポートは、関係に着目した共同開発システムです。哲学的には、構築的で全身的な社会的パラダイムから生まれます。意味は文脈の中で創造されてくるものだと思います。そして、脆弱であるとされている人たち双方の信頼関係を、挑戦的に発展させることができると信じています。

IPSの意図は次の3つの原則で明確に示されます。


1. 学びと支援

特定の役割やスキルを優先する代わりに、二人とも貢献できる大切な何かを持っていると考えています。問題解決にこだわるという問題を回避するために、私たちは、お互いから学び合うことに時間をかけています。私たちは、私たちの仮定や、意味を理解するために学んだ方法を吟味します。理想を言えば、私たちは共有できる意味を共に創りあげます。


2 個人か関係性か

これまでの精神医療の臨床では、サービスを利用する個人のニーズと感情に焦点が当られています。関係のダイナミクスに注意を払うことに費やされる時間はほとんどありません。

IPSでは、私たちは常に関係性に、つまり交渉の意味と双方のニーズに注意を払います。私たちは、双方が大切にできる、どちらにとっても真に価値があると思える関係を築くよう努めています。


3. 希望vs恐怖

この原則の中心は居心地の悪さにあります。私たちは、恐怖により反応が刺激される仕方に注意を払います。 人は、恐れがあると状況をコントロールしたいと思う傾向があります。

ですから、物事を管理またはシャットダウンしようとするのではなく、希望に重点をおいて不確実性を受け入れるようにします。 ソリューションを強要する代わりに、じっくりとそこに留まり、新しい可能性が現われるの待ちます。


EM:従来の精神医療サービスに代わる他の選択肢についての考えを教えてください。

SM: 私は良い代替案があると思います。声を聞く、ソテリア、オープンダイアログ、自殺の代替案など。(Hearing Voices, Soteria, Open Dialogue, Alternatives au suicide)

しかし私はまた、何か違ったことをしているけれど、実際には以前と同じ古いことをしていると思われるような、多くのオルタナティプがあると思います。多くの場合、代替医療は従来の方法で行われます。

意図は素晴らしいのですが、人々は真に違いを生み出すためにどれだけのパラダイムシフトが必要かを本当に理解してはいません。仲間が薬物チェックをしたり、進捗状況のメモを書いたり、義務的な報告者になったりするようなことが分かります。

「結果」を違った目で見ることが本当に重要だと思います。例えば、私の代替プログラムがより伝統的なプログラムと比較された場合、結果が同じであれば問題があると言えるでしょう。

EM: あなた自身「慢性的な患者」からメンタルヘルスの擁護者へと至った自身の行程について少し教えてください。

SM:慢性的な精神病患者になったのには秘かに進行した気づきにくいプロセスがありました。私はとても疲れていて気を挫かれていました。病院では、あなたはここにいなければならない、これはあなたのため、と悟るようにというメッセージを受け取りました。診断システムに組み込まれるのは魅力的でした。 それから私に何か問題があれば、医療によって私が感じていたことをうまく説明するでしょう。 その時はすぐに来ます。つまり彼らはあなたに期待すべき事柄を教え、それに順応する方法を教えます。

順応はメンタルヘルスの言葉の中で最も危険な言葉の一つです。順応は、あなたの固有の人生をではなく、一般論しか知らない人に、何が正しいのか、何がうまくいっていると言えるのかという知識を語るのみです。

ある日の午後のことです。私が出席していた医療ユニットで知り合った看護師が、私を彼女のオフィスに連れて行き「わかりました、シェリー。あなたは慢性の精神疾患者になるのですか? それともソーシャルワーカーですか? 10分待つから決めてね。」(私はソーシャルワークの学校に出入りしていました)。それが私には選択肢があることを知った瞬間でした。それまでは、物事が私に起こっていると思って自動的に受入れていました。私はそれを制御できていませんでした。


EM: 精神障害の診断と治療、いわゆる精神薬を使用して子供、青年、成人の精神障害を治療するという、現在、支配的な考え方についてどう思いますか?

SM: 私は支配的な考え方のほとんどが、破壊的でむしろ混乱を引き起こすものであると思います。人々が診断され、治療される比率は驚異的です。社会として、私たちは、つながり、コミュニティ、ケアなど、基本的に人間が必要とすることがらを、すべて化学的な薬物によって解決しようとしているかのようです。「問題」の場所を人の生物学の問題と捉えているので、責任はもはや人間にはありません。ですから、変えようもありません。家族、コミュニティ、またはより広く、文化をどのように運営しているかを見るのではなく「この錠剤を服用する」だけです。

結局それは、本当に何も解決にはなりません。例えば、私がアルコールを飲んで気分がよくなる、それは私が生物学的にアルコールが不足していることを意味してはいません。これは、私の人生が容認したくないようなものになったことに気づくにはあまりにもショックである、ということを意味するのみです。


EM:あなたが愛する人が、感情的または精神的苦痛の中にいる時、あなたは彼らに、何をするか、どうあるべきか、何か試してみることを勧めますか?

SM: 私は彼らなりに繋がれる人を見つけることをお勧めします。彼らを直し修正しそうとしたり、より良くしようとしない人々。私でしたら、深く耳を傾け、難しい質問をし、その人のために何がうまくいくか、何がうまくいかないのかについて正直である人を探します。

私はまた、関係を示すために私の役割を果たしたいと思います。たとえ私があまり気分がよくなくて、私自身放っておいて欲しい時だとしてもです。

これは、双方が最善を尽くし、力を分かち合い、相互性を保つ最も重要な時の一つなのです。


シェリーミードによる対話のモデル

https://youtu.be/ZdygugOP9SU


2020年9月14日月曜日

保健所業務は「両刃の剣」

 

保健所業務は「両刃の剣」ということについて

心の旅の会 寺澤 暢紘

 

私の保健所勤務は、静岡県の中西部地域の4か所で、19744月から20073月まで勤め、退職して13年になりますが、退職後10年間は生活支援センターや就労支援事業所で働きました。

働き始めた当時の静岡県内保健所では、月1回程度の精神障害当事者の親睦交流が主な「ソーシャルクラブ」が行われていていました。また、措置入院者の家族のための家族教室を、地域家族会として支援する業務がありました。

ここで少しだけ歴史を遡ります。1965年に精神衛生法が、前年のライシャワー事件をきっかけに改正され、この年全家連が発足しています。1980年新宿西口バス放火事件、大和川病院事件があり、1983年精神衛生実態調査がありました。1984年には宇都宮病院事件があり、国際的に日本の精神医療が問題になり、1988年精神保健法が施行されました。1994年に地域保健法が制定され、1995年精神保健福祉法の改正がありました。2001年の池田小学校事件を引き金に、2005年医療観察法が施行されました。2007年には全家連が解散しています。

このような法律的な流れは、既に指摘されているように事件の背景、原因の十分な解明がなされないまま、事後処理として法改正が行なわれています。

「保健所業務は両刃の剣」の端的な例が、ライシャワー事件後の法改正による「外来公費負担制度」(32条)にあります。現在は「自立支援医療」としてサービス利用が行なわれています。

ライシャワー事件を受けた国会での、精神障害者の「野放し論」が法改正になり、表向きは外来通院費の負担軽減を掲げ、その裏では管理強化を意図するという両刃なわけです。具体的には32条申請では、保健所が当事者の状況把握を行い、その内容が申請書に記載され審査会にかけられていました。

また、精神障害者の管理強化は地域からの要請がしばしばあります。私の経験では、「長期入院者の退院後の単身生活」について、地元議員、民生委員など地域の人達から総スカンを食らいました。こうした事態は、精神障害者の差別、偏見を背景にして、「保健所が何とかしろ」という話になります。

こうした場合、様々な例にあるように、隣組など地域関係者との話し合い、時に吊るし上げが行われながら、妥協点の模索が行なわれます。この時の参加者は、行政側が保健所と市の担当者、それと、NPOの生活支援センター(委託事業)の職員でした。結論的には、1 毎日行政及び生活支援センター職員が当事者を訪問する、2 当事者の日中の居場所を提供する、というような関りで何とか単身生活が始まりました。当事者への支援サービスの提供は、地域にしてみると「事故が起きないようにしっかり管理しろ」という注文を受けた結果でもあります。

 1994年の地域保健法で保健所の状況は変化しています。今回の新型コロナウイルスの対応で、保健所の存在が浮かび上がりましたが、相談窓口、検査対応という伝染病予防対策での管理的業務を担わされています。

 保健所当時の私自身のつもりは、当事者自身との面会、対話を通じ、抱えている状況の理解のための努力をしてきました。関係者の意見や説明を多く聞くことになりますが、可能な限り当事者の言葉を聞き、少しでも納得、合意が得られるように心がけてきたつもりです。

 ところで、1980年から今年で40年になりますが、当事者を中心とした「心の旅の会」というグループ活動を続けています。きっかけは、保健所の昼休み、当事者と何気なく入った喫茶店で、「僕喫茶店は初めて」と、高専を卒業した彼から聞いた言葉でした。 精神病院への入院によって、当たり前の暮らしが出来ていなかったことを知りました。以降、数人の当事者と日曜日に食事をしたり、喫茶店で話をするなどして過ごすようになりました。

そうした中でアメリカの当事者が、「精神病は心の旅」と表現していることを知り、心の病の経験のある人もない人も一緒になって、「精神病や精神病院について知ってもらおう」と、毎月1回集まり40年。この8月で493回目の定例会となりました。

 さてさて、保健所の両刃の剣である、治安管理としての剣が使われないことはありません。相談支援だけの仕事をしていたとしても、他の職員が措置入院の業務や、入院拒否の当事者の「受診支援」が行なわれるわけで、保健所が果たしている機能に変わりはありません。

 保健所が両刃の剣を持っていることを自覚することであり、結果として当事者の意志や、状況に反したことになることを意識することだと思います。難しいことだと思いますが、結果的に当事者の意志に反した結果についての対応が大事だと思います。結果についての責任を意識すること、繰り返さないためには何をすればいいのか、改めて当事者の意見や状況を受け止めることの努力が必要になると思います。

 今や、時間差の生じている保健所のことを、的外れを承知で書いてみましたので、ご意見、ご質問はありがたくお受けいたします。

2020年8月21日金曜日

精神科病院指導監査結果に係る公文書開示請求結果


2020325

精神科病院指導監査結果に係る公文書開示請求結果について

  心の旅の会 市民精神医療研究所 
会員 寺澤 暢紘 

1       精神科病院への指導監査は、厚生労働省が精神保健福祉法関係行政事務指導監査とし
て、「精神科病院に対する指導監査の徹底について」等の通知を都道府県に示し、都道
府県はこれに従って毎年度監査を行っています。


≪ 目次 ≫
2 公文書開示請求の状況について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P2
        (1)開示請求をした公文書の名称
        (2)開示決定結果について
        (3)公開日
3 開示内容について
(1)調査項目について
①調査項目について
           ②全体の開示結果について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P3
            ア 行動制限
イ 面会、信書、電話
ウ 金銭管理 
(2)項目別の状況について  
   ①病院概要
   病床及び入院患者の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P4
   従業員の配置状況及び勤務体制
   医療環境
   入院患者の処遇
   診療報酬点数に基づく精神科作業療法の実施状況
   病院・病棟等整備
   自立支援医療及び精神障害者福祉手帳の状況
   医療保護入院者退院支援委員会の開催状況
4 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P5


2 公文書開示請求の状況について
 静岡県及び静岡市並びに浜松市に対して、情報公開制度に基づき公文書開示請求を行いました。

(1)開示請求をした公文書の名称
過去3年間(282930年度)の精神科病院に対する指導監査に係る、1 実施状況、2 実施結果、3 改善結果、4 指導監査に伴う調査表について
 (2)開示決定結果について
     静岡県、静岡市、浜松市とも一部開示決定となり、非開示根拠は以下の通り。
     静岡県
静岡県情報公開条例 第7条第2項、第3項、第6
     静岡市
        静岡市情報公開条例 第7条第1項、第2
     浜松市
浜松市情報公開条例 第7条第3
     
(3)公開日
① 静岡県 20191217日(火)
     静岡市 2020年 128日(火)
     浜松市 201912月 9日(月)

3 開示内容について
(1)調査項目について
の中で、「適正な精神医療の確保等について」、「行動制限、面会、信書、電話、金銭管
理等にかかる処遇」について、各都道府県に「指導の徹底」を求めています。
さらに、「四 実地指導の指導項目について」において、「左記の項目について十分留意し実施すること。」とされていることから、都道府県では各病院に対してほぼ同様の項目に従って監査が行われています。
  今回の結果では、静岡県では「喫煙室の状況」が、静岡市、浜松市では「自立支援医
療及び精神障害者手帳の状況」が、浜松市では「医療保護入院患者の退院支援委員会開
催状況」がそれぞれ追加されていました。
①調査項目について
    1 病院概要、2 病床及び入院患者の状況、3 従業員の配置状況及び勤務体制等、4 医療環境、5 入院患者の通信・面会、6 入院患者の処遇、7 診療報酬点数に基づく精神科作業療法の実施状況、8 診療報酬に基づく精神科作業療法以外、9 入院患者の事故、10 防災管理、11 苦情処理状況、12 職員の研修体制、13 病院、病棟等整備、14 精神保健福祉法運上の問題、15 前回監査指摘事項の改善状況、喫煙室の状況(静岡県)、自立支援医療及び精神障害者手帳(静岡市、浜松市)、医療保護入院患者の退院支援委員会開催状況(浜松市)
  ②全体の開示結果について
    非開示率は静岡県が56.9%、静岡市が42.9%、浜松市が47.9%でした。調査項目の総数650項目に対して、約半数の49.4%の321項目が非開示でした。
なお、全項目を非開示にした項目は、9 入院患者の事故、11 苦情処理状況、14 精神保健福祉法運用上の問題、15 前回監査指摘事項の改善状況の4項目でした。
また、項目全体を開示した項目は、5 入院患者の通信、面会、10 防災管理、12 職員の研修体制の3項目と、静岡県独自の「喫煙室の状況」のみでした。
    そして、厚生労働省の通知で重点項目とされている行動制限、面会、信書、電話、金銭管理における結果は以下の通りです。
この内、行動制限に関わる項目の「入院患者の処遇」について、県は57.4%、静岡市は57.1%、浜松市は26.3%が非開示でした。(資料2参照)
ア 行動制限
入院患者の処遇の項目の中に、(1)任意入院患者の開放処遇の制限及び、(2)入院患者の行動制限の項目があり、「12時間以上の隔離を実施した事例 
数」「身体拘束をした事例数」「信書の発受の制限をした事例」「面会の制限
を実施した事例」「通信の制限を実施した事例」の事例数が求められています。
これについては、静岡県、静岡市、浜松市とも非開示でした。
イ 面会、信書、電話
 これに関しては、①面会時間、②面会規制、③面会室、⓸閉鎖病棟への電話機の設置の項目があり、静岡県、静岡市、浜松市とも開示しています。
ウ 金銭管理
 このうち、入院患者預り金については、静岡県及び静岡市は全面非開示、浜松市は2項目が非開示でした。また、入院費以外の徴収金は静岡県、静岡市、浜松市とも開示しました。

(2)   項目別の状況について  
     病院概要
浜松市は全項目を開示していますが、静岡県、静岡市は事務長名を非開示にしています。
② 病床及び入院患者の状況
病院の総病床数は開示されましたが、入院者の状況に関わる病床利用率、平均在
院日数、措置入院の状況は非開示でした。
③ 従業員の配置状況及び勤務体制
個人名については院長及び常勤医は開示されましたが、その他非常勤、各専門職
    は全て非開示でした。また、職員数は常勤医師数は開示されましたが、その他の職
    種の常勤、非常勤職員数は非開示でした。浜松市は医師のみでなく作業療法士、精神保健福祉士、臨床心理士の数を開示しています。
④ 医療環境
    ア 病室・寝具等の清潔
     病室、寝具、衣類について、清掃及び交換日及び実施者(職員、業者)の状況について静岡県及び静岡市は非開示で、浜松市は実施者の項目が非開示でした。
     その他の冷暖房の設備、入浴状況、食事の項目は何れも開示でした。
  ⑤ 入院患者の処遇
     前記3の(1)の②のアの行動制限を除いた項目について報告します。
ア 入院患者の処遇に関する文書の存在については何れも開示。
イ 行動制限最小化委員会の状況については、静岡県は開催の状況は開示し、設
置年月日及び現在の委員構成は非開示。浜松市は精神科医名、設置年月日、開
催の状況は開示。(行動制限の妥当性の検討、情報収集等の取り組み)
ウ 事後審査委員会の状況(応急入院指定病院のみ)では静岡県は全面非開示。
浜松市は設置年月日、精神科医名、職種、開催の状況は開示。
  エ 特例医師による特例措置の状況について、静岡県は非開示、浜松市は開示。
    なお、静岡市はこの項目を含め前記ア、イ、ウの項目はありませんでした。
     カ 作業などの収益金
        静岡県、静岡市は非開示。浜松市は不明。
⑥ 診療報酬点数に基づく精神科作業療法の実施状況
      静岡県は1回の参加者数、企画者、従事者は非開示。静岡市、浜松市は企画
者、従事者が非開示。
     ⑦ 病院・病棟等整備
      静岡県は非開示。静岡市、浜松市は開示。
⑧ 自立支援医療及び精神障害者福祉手帳の状況
       静岡市及び浜松市が項目に設定しています。浜松市は開示、静岡市は件数を  
      非開示。
     医療保護入院者退院支援委員会の開催状況
      浜松市独自の項目ですが非開示でした。

4 まとめ
     日本の法律で疾患に係る法律は、「結核予防法」と「精神保健福祉法」が現存し、「ら
い予防法」は隔離政策の誤りが批判され1996年に廃止されています。結核予防法及び
らい予防法は伝染病予防の観点により作成された法律です。
しかし、精神保健福祉法の対象である精神疾患は明らかに伝染病ではありませんが、伝染病と同様の観点で、明治時代以来隔離政策の一環として法律が作成されてきた歴史があります。
精神保健福祉法は、これまで戦前の精神病者監護法、精神病院法、戦後になって精神衛生法、精神保健法、そして現在の精神保健福祉法と改正されてきた歴史があります。
特に1987年の精神保健法改正は精神病院の看護助手による、入院患者への暴力事件がきっかけで、国際的にも日本の精神病院の人権侵害が指摘されました。以後、多数の精神病院の不祥事が発覚し、現行の精神保健福祉法では、入院患者の人権問題が中心になり改正された経過があります。
こうした背景もあり「人権に配慮した」、精神科病院の指導監査の徹底が求められているものと考えます。

  1 人権にかかわる行動制限、入院患者の事故、苦情処理の状況は非開示でした。
  2 精神保健福祉法上、通信・面会については「原則として自由に行われることが必要
である。」とされていますが、県内38病院の内21病院(55%)で何らかの規制が行
われています。
    面会時間については、早朝820分から夜間20時まで幅広く設けられています。
病院ごとでは、午前中だけ、午後から、昼休みを挟んで午前から午後までというよう
に何らかの理由で時間帯が設定されています。
 ただ、面会場所については、ほとんどが独立した面会室で行われているようですが、
中には病棟内のコーナーでの面会もあるようです。(静岡県2表3、静岡市16
浜松市1表4
3 閉鎖病棟に電話設置が設置され、その利用状況は、カード、硬貨のいずれかの使用
が可能となっています。しかし、カード及び硬貨は自己管理なのか、或いは使用時間
の制限の有無等については不明です。電話機の設置の状況を監査する状態では、携帯
電話保有の有無については監査項目になっていません。(静岡県2表4)
 4 医療環境の項目では、洗濯・冷暖房設備、入浴状況、食事の状況について開示され
  ました。このうち入浴状況及び食事に関しての開示内容を説明します。
 入浴については、夏季、冬季通じで週2回から週7回まで利用可能とされていま
す。また、シャワーについては、週1回から週7日までと、希望・必要に応じての利
用が可能となっています。(静岡県3表5、静岡市13、浜松市1表2
  食事は、朝食は645分から小刻みに設定され最も遅い時刻は8時となっています。昼食は1115分から12時の間で設定されており、夕食は545分から7時までの時刻で開始されています。(静岡県2表2、静岡市2表8、浜松市1表3)
5 入院患者の処遇の項目の中の、入院患者の預り金については、静岡県及び静岡市は
非開示でしたが、浜松市は開示されました。
 また、入院費以外の徴収金については、静岡県、静岡市、浜松市の何れも開示され
ました。特徴的には入院者の小遣い金を病院側が管理する場合が多く、その預り金管
理料として、日額100円から150円までの徴収の状況があります。さらには私物管
理代行、貴重品管理料、買い物代行など精神科病院ならではの代行料が徴収金として発生しています。(静岡県1表1、静岡市1表4、浜松市2表6)
  6 今回の公文書開示請求は、会員家族が入院中に納得のできない身体拘束が行われ
たことから、県内全精神科病院34か所にアンケートを行いましたが、実情がほとん
ど把握できなかったことに端を発しています。
 アンケートに答えていただいた病院は4病院だけでした。回答のない病院には電
話で改めてアンケートの協力をおねがいしましたが、必ずしも丁寧な対応ではあり
ませんでした。いわく「行政、行政関連以外は辞退」「たくさんアンケートがあるの
で」「事務長不在で分からない」等の電話対応でした。
私達の会は精神病を抱えている人もそうでない人も、精神病や精神病院に関心の
ある人たちのささやかな集まりです。毎月1回の定例会では心の病を抱える当事者
の人たちの、病気、障害により周囲との生きにくさや、日ごろの悩みを話し合うこと
が中心になっています。
こうした定例会で身体拘束をされ、家族として主治医に説明を求めても、納得でき
   る説明は聞けず、その後まもなく退院になってしまったとの報告がありました。
    そのことをきっかけに行った身体拘束についてのアンケート調査は、精神科病院
の閉鎖的な体質を改めて感じさせるものでした。
 そこで、精神科病院が安心して治療が受けられる状況にあるのか、毎年行われてい
る精神科病院の監査について、公文書開示請求を行ったものです。
 今回の結果から、心の病を抱える当事者はもちろん、これから治療を受けるであろ
う市民の立場から検証する必要があると思います。
 精神保健福祉法に規定されて運営されている精神科病院である筈ですが、時折ニ
ュースになる精神病院の不祥事や、病院職員による違法行為は、安心して治療が受け
られない精神医療の一面だと思います。誰もが安心して受けられる精神医療である
ための、精神科病院監査であってほしいと願うものですが、今回の監査結果の開示状況は納得のいくものではありませんでした。


2020年8月20日木曜日

中井久夫さんの戦争と平和へのメッセージ

中井久夫さんの戦争と平和へのメッセージ。ステキだ!
<戦争こそ最大の人災 老いに学ぶ:中井久夫さん(79)精神科医>
 2013年8月16日 毎日新聞大阪朝刊 
 神戸大学名誉教授の精神科医、中井久夫さん(79)は異能の人だ。統合失調症の治療・研究で大きな業績を上げ、同時に、示唆に富み味わい深いエッセーは愛読者が多く、豊かな語学力を生かしてギリシャ語詩集の翻訳出版までしてしまう。さらに阪神大震災では、被災者や地域コミュニティーのメンタルケアのために要の役割を果たした。幅広く奥の深い才能はどう養われたのか。基礎になったという戦争体験について、語ってもらった。【編集委員・鈴木敬吾56歳】
 ◇日常だった理不尽と空腹
 人生を振り返り、これに勝る喜びはないと思えること……。1945年に戦争が終わったことでしょう。
 生まれた時には、もう大陸での戦争は始まっていました。物心がつくようになってからは、父が戦争に行ってしまうのではないかと不安でたまりませんでした。阪急の社員だった父は予備役の陸軍主計少尉で、召集される可能性があることを子ども心に分かっていたのです。日中戦争が始まると、心配していた通り、父は応召し、兵庫県伊丹市の家で祖父母と母との生活が続きました。
 一人っ子で、大人に囲まれて育ったので、大人びた子どもになったのでしょう。川崎造船所(神戸市)の潜水艦部長を務めていた大叔父の家に行くと、書斎でイギリスやドイツの造船の本を眺めて過ごし、小学校に入ると、無理を言って大人向けの海軍関係の本を買ってもらいました。
 「造船技師になりたい」と言っていましたが、「軍国少年」ではなかったですね。アメリカとの戦争が始まった時は小学2年でした。日米の戦力差が大きいことを知っていたので、学校の昼休み、勝利に浮かれる級友たちに「笑いごとじゃないぞ」と言ったことを覚えています。誰も気にも留めませんでしたが。
 内地勤務だった父は、最後は南太平洋のブーゲンビル島にまで行っていました。マラリアを病み、敗戦の前年、奇跡的に病院船で帰国しました。痩せて別人のようでした。私が一人で庭に掘った防空壕(ごう)を見て、「こんなもの何の役にも立たん。麦畑にでも逃げて運に任せるしかない」と笑い、最前線で体験したアメリカ軍の空襲の激しさや、軍紀の弛緩(しかん)、将校の横暴まで語ってくれました。
 敗戦の年は小学6年でした。
 前年末に祖母が脳卒中で急死すると、祖父は相当に落ち込んだようです。7月の激しい空襲があった日、「死ぬから遺言を書き取れ」と、父宛ての遺言を私に書き取らせた後、食を断ち、5日後に死にました。祖父は陸軍士官学校を出て日露戦争には大隊長として二〇三高地の戦いにも参加した人でした。胃の持病もありましたが、敗戦必至の状況の中で、日本の無残な最後を見たくないという思いもあったかと思います。
 祖父は72歳でした。老衰とも言えますが、根底には栄養不良がありました。敗戦の年になると、地域の老人はみるみる死んでいきました。
 戦争の思い出を一つだけ挙げろといえば、空腹です。
 8月15日の「玉音放送」は聞いていません。家のラジオが15日朝から故障してしまったからです。「正午から重大放送」という連絡も届いていませんでした。しかし、15日の昼過ぎ、家を出ると、隣家のざわめきなどから、何かがあったことは分かりました。こんな時、子どもがすることは一つ。学校に行きました。
 無人の教室に入ると、黒板の右端にいつも書かれていた「神州(しんしゅう)不滅」が乱暴に消されていました。「戦争に負けたんだ」と気付き、同時に、「大人はやっぱりこういうことをするんだ」と嫌な思いがしました。
 敗戦と聞いて、まず思ったのは、これで中学に行けるということと、大日本少年団が無くなるということでした。前年の中学入試は学科試験がなく、体育と面接だけでした。運動音痴で「敢闘精神」に欠けた私はとうてい通らないとあきらめていました。ヒトラーユーゲントをまねて作られた大日本少年団は、鍛錬という名でいじめを公認している組織でした。私がいじめられることは少なかったですが、友だちがいじめられるのを見るのがとてもつらかった。
 敗戦でこうした理不尽なことがなくなるだろうと感じました。
 ◇「敵国」への侮辱、止めた先生
 敗戦の翌年春、旧制甲南高校(7年制)に入学しました。どんな学校かは知りませんでしたが、初めて甲南に行った時、「甲南学園」と横書きされた板が正門にさりげなく掲げられていたのを見て、うれしく思いました。いかめしい門柱ではなかったからです。甲南の教育はまさに自由でした。甲南に行かなければ、もっと堅苦しい人間になっていただろうと思います。
 しかし、当時、中学に進学する人は少数で、ほとんどの人は小学校高等科に進みました。例年、卒業式の後に高等科に行く人が中学進学組を殴る儀式がありました。「これから社会に出れば、もう殴ることはできないからだ」という理由でした。用心して早く帰ってしまいました。
 また、級長を務めていた友だちが自殺しました。勉強がよくでき、中学進学を希望していたのに、親が許してくれなかったのです。彼の家は小作農でした。「すぐ働いてもらわないと困る」と言われたそうです。
 社会に「階級」があるのだということを痛みとともに感じました。
 最悪の人災が戦争です。私にとっても戦争はひどい災厄でしたが、一つだけ良い思い出があります。
 小学校の校庭の隅に敵兵に見立てたわら人形を据え、子どもたちに竹やりで突き刺させていました。当時はとにかく「鬼畜米英」でした。しかし、わら人形に巻いていた米英の国旗を子どもたちが引き裂こうとすると、一人の先生が「一国の尊敬を集めている国旗を侮辱してはだめだ」と叱責し、やめさせたのです。敗戦間際のことでした。あの時のふるえるような感動は今でも忘れることができません。
 年齢が増えるほど時間は早く過ぎるという感覚を持つことは、小学生の時に気付きました。小学校の後半は前半ほど長くなかったのです。以来、時間はどんどん短くなっていましたが、今、その感覚はどこかに行ってしまいました。
 それは2007年に、兵庫県こころのケアセンターのセンター長を退いたころからでしょうか。退職と同時に臨床を離れました。診察の場がなくなったという事情もありますが、体には年相応の変化が起きていますから仕方がありません。さびしさも感じることもありますが、診察の感覚はまだ生きているので、臨床体験を書くことにとどめています。
 詩の翻訳や依頼原稿の文章を書いている時、あるリズムがよみがえってくる時があります。そのリズムの流れの上に体の中の言葉を乗せていくのです。80歳の人間が感じる時の流れの中で、この時間を大切にしています。
■人物略歴 ◇なかい・ひさお
 精神科医。神戸大学名誉教授。
 1934年奈良県天理市生まれ。京都大学医学部卒。名古屋市立大学医学部精神科助教授を経て80年神戸大学医学部精神神経科教授。97年甲南大学文学部教授。2004年兵庫県こころのケアセンターセンター長。
 統合失調症研究の第一人者。神戸大教授時代に発生した阪神大震災では、全国から集まった精神科医や看護師を組織して、救護所、避難所などを巡回するなどして被災者の心のケアに尽力したことで知られる。また、被災者がかかえるPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの問題に長期的に対応することが目的の、兵庫県こころのケアセンター設立にも中心的役割を果たした。
 ラテン語、ギリシャ語などにも通じた語学力を生かし、精神医学の専門書を多数翻訳するほか、詩の翻訳も手がけ、ギリシャの詩人カヴァフィスの全詩集翻訳で、89年読売文学賞受賞。多くのエッセー集も出しており、96年『家族の深淵』で毎日出版文化賞受賞。近著は『「昭和」を送る』。

保健所業務は「両刃の剣」


保健所業務は「両刃の剣」ということについて
心の旅の会 寺澤 暢紘

私の保健所勤務は、静岡県の中西部地域の4か所で、19744月から20073月まで勤め、退職して13年になりますが、退職後10年間は生活支援センターや就労支援事業所で働きました。
働き始めた当時の静岡県内保健所では、月1回程度の精神障害当事者の親睦交流が主な「ソーシャルクラブ」が行われていていました。また、措置入院者の家族のための家族教室を、地域家族会として支援する業務がありました。
ここで少しだけ歴史を遡ります。1965年に精神衛生法が、前年のライシャワー事件をきっかけに改正され、この年全家連が発足しています。1980年新宿西口バス放火事件、大和川病院事件があり、1983年精神衛生実態調査がありました。1984年には宇都宮病院事件があり、国際的に日本の精神医療が問題になり、1993年精神保健法が施行されました。1994年に地域保健法が制定され、1995年精神保健福祉法の改正がありました。2001年の池田小学校事件を引き金に、2005年医療観察法が施行されました。2007年には全家連が解散しています。
このような法律的な流れは、既に指摘されているように事件の背景、原因の十分な解明がなされないまま、事後処理として法改正が行なわれています。
「保健所業務は両刃の剣」の端的な例が、ライシャワー事件後の法改正による「外来公費負担制度」(32条)にあります。現在は「自立支援医療」としてサービス利用が行なわれています。
ライシャワー事件を受けた国会での、精神障害者の「野放し論」が法改正になり、表向きは外来通院費の負担軽減を掲げ、その裏では管理強化を意図するという両刃なわけです。具体的には32条申請では、保健所が当事者の状況把握を行い、その内容が申請書に記載され審査会にかけられていました。
また、精神障害者の管理強化は地域からの要請がしばしばあります。私の経験では、「長期入院者の退院後の単身生活」について、地元議員、民生委員など地域の人達から総スカンを食らいました。こうした事態は、精神障害者の差別、偏見を背景にして、「保健所が何とかしろ」という話になります。
こうした場合、様々な例にあるように、隣組など地域関係者との話し合い、時に吊るし上げが行われながら、妥協点の模索が行なわれます。この時の参加者は、行政側が保健所と市の担当者、それと、NPOの生活支援センター(委託事業)の職員でした。結論的には、1 毎日行政及び生活支援センター職員が当事者を訪問する、2 当事者の日中の居場所を提供する、というような関りで何とか単身生活が始まりました。当事者への支援サービスの提供は、地域にしてみると「事故が起きないようにしっかり管理しろ」という注文を受けた結果でもあります。
 1994年の地域保健法で保健所の状況は変化しています。今回の新型コロナウイルスの対応で、保健所の存在が浮かび上がりましたが、相談窓口、検査対応という伝染病予防対策での管理的業務を担わされています。
 保健所当時の私自身のつもりは、当事者自身との面会、対話を通じ、抱えている状況の理解のための努力をしてきました。関係者の意見や説明を多く聞くことになりますが、可能な限り当事者の言葉を聞き、少しでも納得、合意が得られるように心がけてきたつもりです。
 ところで、1980年から今年で40年になりますが、当事者を中心とした「心の旅の会」というグループ活動を続けています。きっかけは、保健所の昼休み、当事者と何気なく入った喫茶店で、「僕喫茶店は初めて」と、高専を卒業した彼から聞いた言葉でした。 精神病院への入院によって、当たり前の暮らしが出来ていなかったことを知りました。以降、数人の当事者と日曜日に食事をしたり、喫茶店で話をするなどして過ごすようになりました。
そうした中でアメリカの当事者が、「精神病は心の旅」と表現していることを知り、心の病の経験のある人もない人も一緒になって、「精神病や精神病院について知ってもらおう」と、毎月1回集まり40年。この8月で493回目の定例会となりました。
 さてさて、保健所の両刃の剣である、治安管理としての剣が使われないことはありません。相談支援だけの仕事をしていたとしても、他の職員が措置入院の業務や、入院拒否の当事者の「受診支援」が行なわれるわけで、保健所が果たしている機能に変わりはありません。
 保健所が両刃の剣を持っていることを自覚することであり、結果として当事者の意志や、状況に反したことになることを意識することだと思います。難しいことだと思いますが、結果的に当事者の意志に反した結果についての対応が大事だと思います。結果についての責任を意識すること、繰り返さないためには何をすればいいのか、改めて当事者の意見や状況を受け止めることの努力が必要になると思います。
 

2020年8月9日日曜日

『市民精神医療1-4』療養から就労まで psychiatrie citoyenne

 

~~ 地域市民精神医療 ~~

- あこがれのかの国のベールがはがされていく学びの日々 -

『市民精神医療1-4』療養から就労まで psychiatrie citoyenne

『市民精神医療』


リール市で実践されている『市民による精神医療』の具体的な取り組みについて書いていきたいと思います。原文は英語ですので直接お読みになりたい方はこちらをクリックするとご覧になれます。
Community mental health service: an experience from the East Lille, France Roelandt JL, Daumerie N, Defromont L, Caria A, Bastow P, Kishore J - J Mental Health Hum Behav
(原文:地域精神医療/JPローラン他, 翻訳とレジュメ文責:中村佳世、中村誠)


ここに掲載するのは、小中学生にもわかるようにという趣旨で日本語に訳して簡略化したものです。このシリーズが終わったらパンフレットにしたいと思います。
詳細は原文でご確認ください。転載もご自由にどうぞ。


リール市では、よいと思われる方法を世界中から次々に取り入れて実践し、現在の市民精神医療の仕組みを整えてきました。市民精神医療、地域包括精神保健制度とはどのようなものでしょうか。
少しずつですが、できる限り週末ごとに更新していきたいと思います。


【市民精神医療について】


【基本的な考え方】
今日では私たちの3人にひとりが、過去6か月以内なにかしらの心に疾患がみられると言われます。必ずしも皆が精神科に掛かるわけではなく気づかないうちに治っていることも少なくないそうです。それは「市民精神医療」の根拠ともなっています。
30年間にわたりリール市では、心の健康を保つことは誰にとっても関わりのあることとして、様々な努力がなされてきました。
病について知ることと治療、予防やリハビリテーション、社会復帰は患者の権利であるとともに社会の義務です。


それではまず「5つの原則」から見ていきましょう。


1  人権・市民権を他人が奪うことはできません。精神疾患がある人も社会の中で健康な人と同じように市民として生きる権利があります。
2  心の病に必要なのは正しいケアです。罪を問い裁いたり、罰を与えたり、閉じ込めたりすることではありません。
3     社会や精神保健サービスは、他の人ではなく、利用者本人の必要に応えなければならないものです。
4  市民精神医療は大きな病院に人を隔離したりしません。モバイル医療チームと市民がサポートします。
5 心の病を持った人は危険である、治療できない。というまちがった考えかたを変えていきましょう。市民精神医療により意識を高め、ケアへのみちをつくりましょう。


これらの1~5の原則を具体的に医療サービスの機能に適用すると次のようになります。
A    パラダイムの変更:当事者(利用者)は精神科のパートナーであって所有物ではありません。
B    利用者、家族は、精神保健ケアの専門チーム以外にも、健康や社会に関わる人々とのつながりをもちます。
C    利用者の健康、社会、文化サービスのニーズにバランスよく応えるために、公的機関がコーディネートします。(保健所・市長・公的職員・不動産屋・芸術家・市民などなど)
D    利用者とその家族は、健康管理とプログラムづくりに参加します。



それでは中身を見ていきましょう。


リール市の市民精神医療のしくみ
1 町に散りばめられた治療プログラムの場
2 急性期の治療と入院に代わるもの
3 回復期をサポートする様々な市民参加のしくみ


仕組みのなかでも実現しやすそうな町の仕組みから。


1 町に散りばめられた治療プログラムの場
治療プログラムは、6地区全域で芸術、スポーツ、文化など、一週間に48のワークショップが用意されています。
その6割が一般市民のための施設21箇所で行われます。(各種協会、社交センター、スポーツ施設、メデイアライブラリー、グループホーム、老人ホームなど。)
治療プログラムには、絵、造形、スポーツ、ダンス、音楽、歌、ビデオ作成、メディアライブラリー、心身活動(生きてる体を感じる、アクアリラックス、感覚強化))などがあります。
すべてのワークショップにはプロの指導者がつき毎週4時間分の指導料が払われます。


地域文化振興局が、市民のための現代アートギャラリー内におかれ、町の行政と連携して財政を支えています。ここでは作品の展示会も行われます。
一般市民のための施設で行われるこれらのプログラムは、ユーザーを孤立から守り自然に社会参加へと導きます。これらの活動の際にはユーザーはギャラリーのレストランで食事をすることもできます。
医療チームはユーザーと家族と話し合い、治療プログラムが定期的に見直されます。
医療はモバイルチームが基本です。リハビリテーションチーム(心理士、看護師、SW)もモバイルチームで、精神科医と連携して治療プログラムをフォローアップします。必要なときには各拠点をおとずれ、面接や社会教育指導などを行います。(アパート、活動拠点、職業紹介の各サービス)
毎年500人を超えるユーザーがこのサポートを利用しています。



2  急性期の治療


1 フルタイム入院


急性期の入院治療はジェロームボッシュ診療所で行われ、集中的に治療を受けることができます。1日平均10人が利用しており、2006年の平均滞在日数は8日間でした。将来はリール総合病院に統合される予定です。
入院にはユーザーの意思によるもの、国または第三者の要請によるものがあります。


入院中は、医療、心理、看護、社会教育インタビューの他に、芸術活動および治療、および身体的サポート(精神活性、ジヤグジー、サウナ、リラクゼーション、食事療法、美学)などを利用することができます。
ユニットは見守りの上で完全に開かれていて、ユーザーは自分の病気や治療について知ることができます。また、週に2回、医療チームとユーザーは退院などについて話し合います。
入院時にユーザーは医療部門のチームと話し合って、一部の人は診療所の他にFRONTIER $センターで治療ワークショップを受けたり、コンコルドルーム(市庁舎内)で食事をとったり、デイケアに参加したりできます。




入院に代わるものとして....

1 ホストファミリー


ホストファミリーは2000年から始まった制度で、現在12人まで利用することができます。
ホストファミリーはユーザーを家に迎え入れ一緒に生活することが目的であり、治癒を目的とはしていません。ですから前もってそのための指導を受けます。ホストファミリーはリール市精神医療センターの精神医療チームのメンバーで、ユーザー一人当たり1036ユーロ/月受け取ります。


急性期のユーザーは、診察の時または退院の時に家族と相談の上で、数日から数週間、ホストファミリーを利用することができます。
看護師とモバイル医療チームが訪問してケアサービスを行います。(投薬、水治療法、ジャグジー、各種の治療ワークショップなど) 入院時とほぼ同じサービスが受けられるので安心です。ユーザーは町の活動センターにも通うことができます。


治療プログラムを効果的に実施するために、治療の管理については、セクター同士でよく話し合います。この制度は精神科セクターチームに不可欠な部分で、ユーザーにとっても見守られ支えられるとても大切な機会です。
入院に代わる家庭での滞在は、平均日数21日間。この制度は家族医療の分野を専門化したもので、一人ひとりに合った質の高いケアをすることができます。



2 入院に変わる集中療養アパート


短期間のニーズに応える、市内に設置された集中的な療養のためのサービスです。10人まで受け入れることができ、8日ごとに見直しがされます。この施設は、すべての事実上の介護者、家族、友人、サークルの人などが遊びに来ることができる設計になっています。
ユーザーが支援を必要とするときには24時間対応ができる精神科医と、そのフォローアップチームがあります。フォローアップとしては、看護師による面接、精神科相談、心理相談、リラクゼーション、各種活動などがあります。サービスを受けている人々のために、急性期の後も患者のケアと指導が途切れないようにしています。



一人一人が自分を大切に暮らすためにはなによりも安心して住まう場所が必要です。
ハウジングファーストもこの考えに基づき実施されています。
リール市では一般市民との接点が様々に工夫されています。


住宅


公営アパートとアパート委員会の自治
市民精神医療において、社会的なつながりを維持できる住まいはインクルージョンの大切な要素です。
地域医療協会(AMPS, 現在はAISSMC身心の健康のための地域間協力、と改称して予防とリカバリー、健康増進のための講座と住宅に力を入れています)は地域社会に溶け込んだ暮らしが大切と考え公営住宅を斡旋します。主として2人から3人の共同入居を、また学生との共同生活の場としてこれまでに150のアパートが用意されました。
現在95人が57のアパートで療養プログラムを続けながら暮らしています。プログラムには、担当の精神科医との定期的な面談、看護師による定期的な聞き取り、治療計画の作成と見直しなどが含まれています。これらの医療チームにより24時間体制のサポートが受けられます。他に介護チーム、社会教育チーム(生活支援と活動のサボートなどを行う)のサポートもあります。


これらのアパートは「アパート委員会」によって管理されています。
「アパート委員会」は、社会医療協会、公営住宅事務所の管理者、家主、介護者、ユーザー、その家族および受託者による自治的な集まりです。
委員会は、ユーザーに公営住宅の割り当てを行います。


社会医療協会が敷金を負担、患者は家賃と一般経費を負担し必要な場合には家賃保証チームの援助をうけることができます。



アンドレブルトン公営住宅
6つのシェルターアパートと、6人まで収容できる重度障害用の大型療養アパートがあります。Faches Thumesnilにあり、各利用者は自分のアパートの借主で、 管理は自治体によって行われています。


5つの社会的サーピスを受けることができます。
これらの公的なアパートには病院スタッフ(介護助手、健康教育助手、社会教育助手、および病院サービス)が常駐しており、利用者の自立的な暮らしを可能にしています。これは重度障害者の場合の隔離による集中治療に代わる画期的な方法です。
このような援助により利用者は人々との程よい関わりを保つことができます。
(注: 教育助手については内容を確認する予定です)
(確認: 社会教育助手は生活支援と活動のサボートなどを行います)


社会復帰のための住宅 -- 低額アパート、アンブロワズパレ
低額アパート、アンブロワズパレには2つのスタイルあります。
1 サムウルベケット療養アパート(第1棟4室)
長期にわたり入院した後の、社会復帰への最初のステップとしてのアパートです。
2つのスタジオがあり、うち1つには学生が住んでいます。3LDKのアパートに2人、4LDKには2人の利用者と学生がひとり住んでいます。
この制度は長期入院を避けるために用意されました。
リール市と土地所有者の合意により提供された低額住宅制度の一部を利用しています。
ファッシュツムシル町(リール市東地区の6つの町のひとつ)が所有しています。また、この町は病院でのデイケア活動やバスケットボードを設置した地域センターを運営しています。


2  ホームステイ型移行用アパート(第2棟5室)
入院に代わる療養ができるホームステイ型アパートです。リハビリ期間に対応して6ヶ月まで治療に協力するホストファミリーを迎えるアパート。学生も利用者と同居しています。症状が比較的安定している患者のための社会的な移行のための場所として5室が用意されています。
転出先シェルターとしては民間または公営アパート、老人ホーム、その他の居住施設があります。


移行用アパートには家政婦がいることが前提で夜間と週末にはリハビリ担当者もいます。 ここで、利用者は日常生活を責任をもってひとりで営んでいく方法を身につけます。
また看護スタッフが訪問し、治療状況の継続的に経過観察をしています。


経済的社会復帰


障害者協会とのパートナーシップ(職場生活適応センター)
Fâches-Thumesnilにある適応センター(CAVA)は、フランスの1901年アソシエーション法に基づき設立された障害者協会です。 経済活動を通じて社会的包括をめざします。その目的は、職業的に排除された人々(最低賃金の受給者、長期失業者)の雇用市場へのアクセスを促進することです。 CAE、補助金を利用した監督つきの労働契約の場が20か所あります。


医療とは次のようなパートナーシップでつながっています。
セクターの精神科医によって紹介されたユーザーのために、特別の設定が用意された訓練センターが15箇所にあります。目的は、職業上の能力(働き方のパターン、職業上の関係づくり、チームワークなど)を「再起動」することです。 CAVAセンターには直接紹介されることもあれば、Frontière$センターの治療ワークショップ(2006年に設立)の作業療法士による評価を受けてから紹介されることもあります。
これは、障害者に社会復帰のための職業訓練コースを提供するもので、個人のニーズに合わせたコースと、規定のコースがあります。次のような段階的なステップで構成されています。まずはトレーニングセンターで、個人の職業レベルを割り出し実務経験を通してそれを検証します。次にそこで見出された能力と必要性に応じて資格認定される高度な訓練を受けて保護された環境へ、あるいは大部分の人は通常の職業環境へと移ります。紹介はCAEや自治体、コミュニティまたはパートナーとなっている協会を通して行われます。


市内に統合された職業訓練所の確立
専門家委員会による3年間の研究の後、AMPSの枠組みの中でLezennesの自治体を中心とした実験的プロジェクトが作成されました。 このプロジェクトには利用者協会や家族協会の代表者、経済的インクルージョンの専門家による協会などが参加しています。
このプロジェクトは すべての障害のある労働者は「市内に統合」されていて、自治体、地域社会、およびパートナー協会の協力の元でワークセンターで職業上の活動をや行っています。 それは通常の環境で働くことはできない人に、ハンディキャップに対応した適応条件で場所を見つけることを可能にします。


仕事が治癒に
2006年に、この計画への新しいプロジェクトが追加されました:その目的は居住空間に家具を備えつけたり、委員会による提携アパートを改装して家具を備えつけたりするプロジェクトです。 それは自発的サービスとユーザーによるユーザーのための自助の原則に基づいています。支えるのはワークショップスーパーバイザー、作業療法士、芸術家たちです。このプロジェクトは現役で活動するグループの助けを借りて雇用に戻る始めの一歩です。


最後までお読みいただきありがとうございます。町の仕組みはここで一旦区切りになります。
次回は人のつながりや実際の援助の手際など。
そしてこれまでの歴史と将来の展望です。
といっても March 2014 の記事なので現在の様子も気になります。


原文をお読みになりたい方はこちらをどうぞ。
地域精神医療サービス、フランスリール市東地区の経験より
http://www.jmhhb.org/article.asp?issn=0971-8990;year=2014;volume=19;issue=1;spage=10;epage=18;aulast=Roelandt

2020年7月7日火曜日


◎◎◎ 第33回 スウイートタウン心の旅 ◎◎◎
「心の病・・・?
       わたしは私」
オープンダイアログと
     リフレクティング
北欧の実践から学ぶ
◎ 日時:12月 2日(日) 
     10時~16 
◎ 会場:アイセル21
           (TEL 054-246-6191)
◎ ゲスト:
(ウメ)(マメ)こと梅下(ウメシタ) 節瑠(セツル)
(日本臨床心理学会オープンダイアログ/リフレクティング研究会)
《午前の部》 10時~12時 
    「オープンダイアログが目指すもの」  
          ウメマメこと梅下(ウメシタ) 節瑠(セツル)
    「わたしは私」 心の旅の会々員からのアピール
   《午後の部》  1時~4時  
ワークショップ  
実践 
オープンダイアログとリフレクティング
◎ 参加費:会場カンパ
◎ 主催:心の旅の会(連絡先:浜松市中区佐藤1-43-1-608 
090-9261-4840 
E-mail teranobu720@gmail.com
未来語りのダイアログ
(開かれた対話)
人びとの苦しさを
        状況にそって援助する方法  
呉秀三が日本各地の私宅監置の実情を調査(『精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的           觀察』1918))して、今年で100年が経過しました。
 最近の精神医療をめぐるいくつかの事件を振り返えると、2016年、津久井やまゆり園事               件、2017年、精神病院での身体拘束が原因でのニュージーランド人の死亡事件、2018                年、 精神障害者監禁事件(兵庫県三田市)等々が目立ちます。
   心の旅の会では、心の病を抱える当事者の体験や精神病院への差別や偏見の状況を、身          近な人たちに伝えたいと考え、毎年「スウイートタウン心の旅」を開催してきました。2013年に
  「昔mattoの街があった」を、2014年には「オープンダイアログ」の映画を上映しました。
  日本の精神医療は、まだまだ精神病院中心で、精神障害者の人権や差別問題は後を絶っ
  ていません。それに比べて、イタリアやフィンランドは長い年月がかかっていますが、精神医療
  を改革してきています。バザーリアのイタリアでは、1978年に「バザーリア法」が制定され、全
  国の精神病院が廃止されました。また、フィンランドで行われているオープンダイアログは、19
  80年頃フィンランドで始まっています。
   今年のスウイートタウンでは、フィンランドで実践されているオープンダイアログを学びたいと
  思いました。それは、日本臨床心理学会の今年の大阪大会の、「対話と反想、オープン・ダイ
  アローグとリフレクティングは、社会的排除と差別に対して何ができるか?」というスローガンに
  惹かれたことにあります。
オープンダイアログで学ぶ
  
フィンランドのオープンダオアローグは、統合失調症発病間もない当事者本人と、家族や医師だけでなく精神医療関係者が対話によって治療を進めるというものです。明らかに日本の現在の精神病院や地域での医療や福祉との違いがあります。
  私たちは心の病を抱えている人もそうでない人も、辛かったり、苦しかったりする心の病を認めあいながら、仲間  2014年のスウイートタウンでのミイーティング
と一緒に相談したり、支えあおうと集りを持っています。今年のスウイートタウンは「心の病・・・? わたしは私」というタイトルで、障害者とは、健常者とは、なぜ障害者と健常者を分けるのか、どうしたら生きやすくなるのか等々のテーマで意見交換や交流をしたいと考えました。 
 オープンダイアローグを学ぶ事で、身近で聞かれる精神障害者への差別や偏見が、少しでも解消されていくことになることを望みます。最近少しずつオープンダイアローグの紹介や研修会が行われていますが、精神医療であれ、地域のサービスであれ、当事者本の「苦しさや状況に沿った」ものに変わっていってほしいと思います。
 今回はオープンダイアログの実践を、参加者の皆さんと一緒に行いたいと思います。開かれた対話を通して、精神医療や福祉の向上が図られるきっかけになることを望みたいと思います。

心の病は正当な体験

心の旅の会は19802月に、「精神病は心の旅」と表現するアメリカの精神障害当事者たちの活動を知った事から始まりました。
心の病の経験を、それぞれの人生の貴重な成長の過程ととらえようと考え、お互いの病気の様々な経験を尊重しながら、毎月1回の定例会を通じてささやかな自助活動を続けてきています。
 
  ある日の定例会での
あれやこれや

障害者雇用の行政の水増し問題は、障害者を馬鹿にしている。雇用率が言われているが精神の人は何パーセントか。障害者、高齢者も支えられる仕組みが必要だが、職場でもびしびし言われ厳しい。
あえて障害者といわなくていいのではないか。自分がやれることをやる。障害者だからと逃げてしまう人がいる。できることを逃げている。健常者は逃げられるが、障害者は障害から逃げられない。障害を捨てなさい、病気をやめなさいといわれてもできない。
何を持って健常者というのか。私は○○と言え○○という、自己申告で良いじゃない。
「殆ど健常者、軽い障害者」と言う人は、それでいいと思います。 
会社で「障害者のくせに」と、往々にして自分より下に思っているのではないか。手を組んで生きていけるようになってほしい。障害者は感じ易い。「くせに」と言われてズキーンとくる。身をぼろぼろにして、仕事は肩を並べてできる。 障害者も頑張っている。
日本社会は効率が優先される。「生産性」。日本では仕事が出来ないという事は無能に等しいとされる。如何に生産性を上げるかが問題になって。できない者、のろい者、邪魔者だと排除される。
口に出していかないと潰されちゃう。大変だけど、発信。声を出す。発信し続ける。スウイートタウンは小さいなりに価値がある。土台は変わらないかもしれないが、埋もれたくない、飲み込まれたくない。そういうスウイートタウンであってほしい。
その人その人を尊重して、そのうえで経済を考えてほしい。
不幸な子を産まない運動、偏見があり、障害者だから心配だと、レッテル貼りがされる。弱者 といえば物事丸く収まるのじゃないか。人間はだれも弱いとこあり、強者、弱者と区別しないで生きて行きたい。
結婚して子供を産んでフツー。結婚しない、一人暮らしはおかしい人か。自分は普通じゃないのか。一般の人とずれていないか、個性的。違いはたくさんある。フツーだと思いたいことが幸せにつながるのか。幸せって何なんだろう。自分が普通じゃないからと、幸せを求めている。表面的にみれば、自分はフツーじゃないけど、個性的。フツー= 幸せの構図。
日本は少数派では生き難い。少数派は大変だと見られ、自分が少数派に入りたくないと考える。 少数派の立場で見れば当たり前で認められればいいのだが、普通の人から見るとおかしいと言われる。親戚ではおかしいと言われ、街中では無関心。昔ながらのだめ人間として、烙印を押される。
話が変わります。
医師は王様。ケースワーカーは医療的な事は言えませんと、医師との調整もしてもらえなかった。退院請求寸前で拘束解除。保護室から個室へ移っても施錠、制限は継続。そしていきなり退院。看護師もびっくり。 一般科は変わってきているが精神科は変わっていない。がっかり。納得できる説明なし
相談できる人がいればいい。一人じゃ何もできない。一人でも相談できる人がいれば良い。   
身体拘束について納得できる説明が不十分ということは、病院側がインフォームドコンセントをしないということでは。治療をどうするのか、治療方針は面談で話したが、用紙では見ていない。   
読書を許可したらワーッとなったと、本が取り上げられ、拘束。読みたいだけ、メモしたいだけ。それをさせてもらえれば落ち着くはず。見立てが親とは逆。治療方針が納得できない。なぜ急に退院になったのか。ニュージーランドの男性死亡。知らないところで命を落としてしまっているかも。
健常者という言葉は障害者より使いたくない。健常者の中にもおかしい人はいっぱい居る。心の旅の会では、病にこだわって「病」を使ってきた。精神にこだわって。
病を持っていてもいいでしょう。「わたしは私」で

こんな定例会の話し合いは、しばしば行われますが、今年のスウイートタウンでは、「オープンダイアログとリフレクティング」を学びたいと考えました。参加者同士が耳を傾け、相手に届くような応答をする事で、社会的排除や差別の問題がどのように変えられるのか、おずおずと輪の中に入ってみたいと思います。
精神病の体験のある人も、
         ない人も一緒になって!