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2020年9月21日月曜日

IPS意図的な相互支援とは、シェリーミードにインタビュー L'entretien avec Shery Mead

 

~~ 地域市民精神医療 ~~

- あこがれのかの国のベールがはがされていく学びの日々 -

IPS意図的な相互支援とは、シェリーミードにインタビュー L'entretien avec Shery Mead

IPS意図的なピアサポート2

創始者シェリーミードにインタビュー

http://fr.psy.co/shery-mead-sur-le-soutien-par-les-pairs-intentionnel.html

出典:エリック・マイゼル

次のインタビューは、メンタルヘルスの将来についての一連のインタビューの一部です。


シェリー・ミードインタビュー

EM: IPS意図的なピアサポート、その哲学と意図について教えてください。

SM: IPS意図的なピアサポートは、関係に着目した共同開発システムです。哲学的には、構築的で全身的な社会的パラダイムから生まれます。意味は文脈の中で創造されてくるものだと思います。そして、脆弱であるとされている人たち双方の信頼関係を、挑戦的に発展させることができると信じています。

IPSの意図は次の3つの原則で明確に示されます。


1. 学びと支援

特定の役割やスキルを優先する代わりに、二人とも貢献できる大切な何かを持っていると考えています。問題解決にこだわるという問題を回避するために、私たちは、お互いから学び合うことに時間をかけています。私たちは、私たちの仮定や、意味を理解するために学んだ方法を吟味します。理想を言えば、私たちは共有できる意味を共に創りあげます。


2 個人か関係性か

これまでの精神医療の臨床では、サービスを利用する個人のニーズと感情に焦点が当られています。関係のダイナミクスに注意を払うことに費やされる時間はほとんどありません。

IPSでは、私たちは常に関係性に、つまり交渉の意味と双方のニーズに注意を払います。私たちは、双方が大切にできる、どちらにとっても真に価値があると思える関係を築くよう努めています。


3. 希望vs恐怖

この原則の中心は居心地の悪さにあります。私たちは、恐怖により反応が刺激される仕方に注意を払います。 人は、恐れがあると状況をコントロールしたいと思う傾向があります。

ですから、物事を管理またはシャットダウンしようとするのではなく、希望に重点をおいて不確実性を受け入れるようにします。 ソリューションを強要する代わりに、じっくりとそこに留まり、新しい可能性が現われるの待ちます。


EM:従来の精神医療サービスに代わる他の選択肢についての考えを教えてください。

SM: 私は良い代替案があると思います。声を聞く、ソテリア、オープンダイアログ、自殺の代替案など。(Hearing Voices, Soteria, Open Dialogue, Alternatives au suicide)

しかし私はまた、何か違ったことをしているけれど、実際には以前と同じ古いことをしていると思われるような、多くのオルタナティプがあると思います。多くの場合、代替医療は従来の方法で行われます。

意図は素晴らしいのですが、人々は真に違いを生み出すためにどれだけのパラダイムシフトが必要かを本当に理解してはいません。仲間が薬物チェックをしたり、進捗状況のメモを書いたり、義務的な報告者になったりするようなことが分かります。

「結果」を違った目で見ることが本当に重要だと思います。例えば、私の代替プログラムがより伝統的なプログラムと比較された場合、結果が同じであれば問題があると言えるでしょう。

EM: あなた自身「慢性的な患者」からメンタルヘルスの擁護者へと至った自身の行程について少し教えてください。

SM:慢性的な精神病患者になったのには秘かに進行した気づきにくいプロセスがありました。私はとても疲れていて気を挫かれていました。病院では、あなたはここにいなければならない、これはあなたのため、と悟るようにというメッセージを受け取りました。診断システムに組み込まれるのは魅力的でした。 それから私に何か問題があれば、医療によって私が感じていたことをうまく説明するでしょう。 その時はすぐに来ます。つまり彼らはあなたに期待すべき事柄を教え、それに順応する方法を教えます。

順応はメンタルヘルスの言葉の中で最も危険な言葉の一つです。順応は、あなたの固有の人生をではなく、一般論しか知らない人に、何が正しいのか、何がうまくいっていると言えるのかという知識を語るのみです。

ある日の午後のことです。私が出席していた医療ユニットで知り合った看護師が、私を彼女のオフィスに連れて行き「わかりました、シェリー。あなたは慢性の精神疾患者になるのですか? それともソーシャルワーカーですか? 10分待つから決めてね。」(私はソーシャルワークの学校に出入りしていました)。それが私には選択肢があることを知った瞬間でした。それまでは、物事が私に起こっていると思って自動的に受入れていました。私はそれを制御できていませんでした。


EM: 精神障害の診断と治療、いわゆる精神薬を使用して子供、青年、成人の精神障害を治療するという、現在、支配的な考え方についてどう思いますか?

SM: 私は支配的な考え方のほとんどが、破壊的でむしろ混乱を引き起こすものであると思います。人々が診断され、治療される比率は驚異的です。社会として、私たちは、つながり、コミュニティ、ケアなど、基本的に人間が必要とすることがらを、すべて化学的な薬物によって解決しようとしているかのようです。「問題」の場所を人の生物学の問題と捉えているので、責任はもはや人間にはありません。ですから、変えようもありません。家族、コミュニティ、またはより広く、文化をどのように運営しているかを見るのではなく「この錠剤を服用する」だけです。

結局それは、本当に何も解決にはなりません。例えば、私がアルコールを飲んで気分がよくなる、それは私が生物学的にアルコールが不足していることを意味してはいません。これは、私の人生が容認したくないようなものになったことに気づくにはあまりにもショックである、ということを意味するのみです。


EM:あなたが愛する人が、感情的または精神的苦痛の中にいる時、あなたは彼らに、何をするか、どうあるべきか、何か試してみることを勧めますか?

SM: 私は彼らなりに繋がれる人を見つけることをお勧めします。彼らを直し修正しそうとしたり、より良くしようとしない人々。私でしたら、深く耳を傾け、難しい質問をし、その人のために何がうまくいくか、何がうまくいかないのかについて正直である人を探します。

私はまた、関係を示すために私の役割を果たしたいと思います。たとえ私があまり気分がよくなくて、私自身放っておいて欲しい時だとしてもです。

これは、双方が最善を尽くし、力を分かち合い、相互性を保つ最も重要な時の一つなのです。


シェリーミードによる対話のモデル

https://youtu.be/ZdygugOP9SU


2020年9月14日月曜日

保健所業務は「両刃の剣」

 

保健所業務は「両刃の剣」ということについて

心の旅の会 寺澤 暢紘

 

私の保健所勤務は、静岡県の中西部地域の4か所で、19744月から20073月まで勤め、退職して13年になりますが、退職後10年間は生活支援センターや就労支援事業所で働きました。

働き始めた当時の静岡県内保健所では、月1回程度の精神障害当事者の親睦交流が主な「ソーシャルクラブ」が行われていていました。また、措置入院者の家族のための家族教室を、地域家族会として支援する業務がありました。

ここで少しだけ歴史を遡ります。1965年に精神衛生法が、前年のライシャワー事件をきっかけに改正され、この年全家連が発足しています。1980年新宿西口バス放火事件、大和川病院事件があり、1983年精神衛生実態調査がありました。1984年には宇都宮病院事件があり、国際的に日本の精神医療が問題になり、1988年精神保健法が施行されました。1994年に地域保健法が制定され、1995年精神保健福祉法の改正がありました。2001年の池田小学校事件を引き金に、2005年医療観察法が施行されました。2007年には全家連が解散しています。

このような法律的な流れは、既に指摘されているように事件の背景、原因の十分な解明がなされないまま、事後処理として法改正が行なわれています。

「保健所業務は両刃の剣」の端的な例が、ライシャワー事件後の法改正による「外来公費負担制度」(32条)にあります。現在は「自立支援医療」としてサービス利用が行なわれています。

ライシャワー事件を受けた国会での、精神障害者の「野放し論」が法改正になり、表向きは外来通院費の負担軽減を掲げ、その裏では管理強化を意図するという両刃なわけです。具体的には32条申請では、保健所が当事者の状況把握を行い、その内容が申請書に記載され審査会にかけられていました。

また、精神障害者の管理強化は地域からの要請がしばしばあります。私の経験では、「長期入院者の退院後の単身生活」について、地元議員、民生委員など地域の人達から総スカンを食らいました。こうした事態は、精神障害者の差別、偏見を背景にして、「保健所が何とかしろ」という話になります。

こうした場合、様々な例にあるように、隣組など地域関係者との話し合い、時に吊るし上げが行われながら、妥協点の模索が行なわれます。この時の参加者は、行政側が保健所と市の担当者、それと、NPOの生活支援センター(委託事業)の職員でした。結論的には、1 毎日行政及び生活支援センター職員が当事者を訪問する、2 当事者の日中の居場所を提供する、というような関りで何とか単身生活が始まりました。当事者への支援サービスの提供は、地域にしてみると「事故が起きないようにしっかり管理しろ」という注文を受けた結果でもあります。

 1994年の地域保健法で保健所の状況は変化しています。今回の新型コロナウイルスの対応で、保健所の存在が浮かび上がりましたが、相談窓口、検査対応という伝染病予防対策での管理的業務を担わされています。

 保健所当時の私自身のつもりは、当事者自身との面会、対話を通じ、抱えている状況の理解のための努力をしてきました。関係者の意見や説明を多く聞くことになりますが、可能な限り当事者の言葉を聞き、少しでも納得、合意が得られるように心がけてきたつもりです。

 ところで、1980年から今年で40年になりますが、当事者を中心とした「心の旅の会」というグループ活動を続けています。きっかけは、保健所の昼休み、当事者と何気なく入った喫茶店で、「僕喫茶店は初めて」と、高専を卒業した彼から聞いた言葉でした。 精神病院への入院によって、当たり前の暮らしが出来ていなかったことを知りました。以降、数人の当事者と日曜日に食事をしたり、喫茶店で話をするなどして過ごすようになりました。

そうした中でアメリカの当事者が、「精神病は心の旅」と表現していることを知り、心の病の経験のある人もない人も一緒になって、「精神病や精神病院について知ってもらおう」と、毎月1回集まり40年。この8月で493回目の定例会となりました。

 さてさて、保健所の両刃の剣である、治安管理としての剣が使われないことはありません。相談支援だけの仕事をしていたとしても、他の職員が措置入院の業務や、入院拒否の当事者の「受診支援」が行なわれるわけで、保健所が果たしている機能に変わりはありません。

 保健所が両刃の剣を持っていることを自覚することであり、結果として当事者の意志や、状況に反したことになることを意識することだと思います。難しいことだと思いますが、結果的に当事者の意志に反した結果についての対応が大事だと思います。結果についての責任を意識すること、繰り返さないためには何をすればいいのか、改めて当事者の意見や状況を受け止めることの努力が必要になると思います。

 今や、時間差の生じている保健所のことを、的外れを承知で書いてみましたので、ご意見、ご質問はありがたくお受けいたします。